読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

面白そうな場所へ

なぜかマイナーな観光地に惹かれるのです

MENU

天皇家のおうちに行ってみる

歴史をたどってみたりするよ

ちょっと思い立って、京都御所に行ってきた。

僕は、思い立って行くというのがわりと好きなほうだ。

実は京都御所は去年まで思い立って行くということができなかった。

事前の見学申請が必要だったのだ。

ところが、予約が不要になったとの情報をキャッチ。

というわけで、早速、行ってみることにした。

 

f:id:evian1:20170120024742j:plain

まず、御所の入口に向かうと長い塀が目に入る。

京都御所は、かいつまんで言うと、かつて天皇が住んでいた場所だ。

いわば、日本で最も格式の高い家ということでもある。それもずば抜けて。

この塀の長さをみると、さすが日本一格式の高いお家柄の家と言わざるを得ない。

 

 

 

f:id:evian1:20170120030248j:plain

門を入ると最初に御車寄(おくるまよせ)という建物が目に入る。

御車寄とは表玄関みたいなものだ。

しかし、ここから入ることができたのは公家の中でもトップクラス、つまり官位が上位の人だけだったという。

官位が大事で、石高1000石でも官位が高ければここから入れるし、たとえ石高100万石の大大名でも、官位がなければ原則としてここは利用できなかったそうだ。

本当のお金持ちはもはや金じゃないのかもしれない。

今も昔も、何かそうじゃないかって気がする。

 

 

f:id:evian1:20170120031443j:plain

そして次に目に入るのが、諸大夫の間と呼ばれる建物。

御車寄から入った公家たちが控室として使用した場所だそう。

奥から「虎の間」「鶴の間」「桜の間」の順に並んでいて、

これまた、身分によって入る部屋が違う。

虎の間は公卿、鶴の間は殿上人、桜の間はそれ以外の公家用だったとのこと。

露骨なんですね。

 

 

f:id:evian1:20170120035939j:plain

そしてこちらが、京都御所の中心かつ最も神聖な紫宸殿(ししんでん)という建物。

ここで重要な儀式が行われる。

天皇の玉座・高御座(たかみくら)というものが置いてあるのだけど、

これはとても神聖なものらしい。

今上天皇の即位の際には解体されて、東京の皇居まで運ばれたのだそうだ。

だったらもう東京に置いておけばいいのにとも思うのだけど、

なぜか、いまだに東京ではなく京都に保管されている。

ところで、いまだに首都は京都であるとする説を唱える派があるらしい。

その根拠が、この高御座が京都にあるからということなのだそうだ。

つまり天皇は東京にお出かけ中なのであるというロジックだ。

実は、法的にも東京が首都であると定められた法律もないという。

しかし、大多数の人にとっては、今さら京都が首都だと言われても、と思いますよね。

 

 

f:id:evian1:20170120081243j:plain

そしてこちらの建物が清涼殿。

かつては天皇の日常生活の場だったのだけど、だんだんと儀式の場として使用されるようになったという。

清涼殿といえば何といっても930年に起こった清涼殿落雷事件。

930年6月26日、御所では雨乞をしようかなぁという会議を開こうとしていた。

ずっと日照りが続いていたのだ。

しかしその会議の矢先、突然、雷雨が降り注ぎ、清涼殿に落雷。

藤原清貫ら公卿・官人ら数人が死亡する。

これが清涼殿落雷事件だ。

この事件を聞いた人々は、清貫が菅原道真の追放に関与したために、

その怨霊の報いを受けたと噂しはじめたのだ。

そこで、菅原道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする信仰が始まった。

これが全国に広がる天神信仰のもとってわけだ。

 

 

f:id:evian1:20170120083619j:plain

次は小御所という建物。

小御所といえば、いわくつきで有名な小御所会議が開かれた場所。

江戸時代末期、幕府と対立していた薩長の討幕派は、徳川将軍家の関係者を一切呼ばず、この場所で極秘に会議を行った。

ここで、薩長側は徳川慶喜の辞官納地(官位を失い領地を返上する)を決定。

そして、王政復古の大号令(王政復古クーデター)を行った。

これにより、(薩長主導の)朝廷に従わない場合は朝敵となる仕組みが完成したってわけだ。

 

 

f:id:evian1:20170120084957j:plain

小御所の北にあるのは蹴鞠専用の庭。

蹴鞠専用の庭があるっていうんだから、当時、蹴鞠はめっちゃはやってたに違いない。

その昔、中大兄皇子が蹴鞠の最中に落とした靴を、中臣鎌足が拾ったことをきっかけに二人は仲良くなり、「大化の改新」が起こったことは有名らしい。

何かのきっかけで仲良くなって、時代まで動かしちゃうってのは、現代にも通ずるものがありそうだ。

 

 

f:id:evian1:20170120085852j:plain

そして最後、ここがようやく天皇の家の中の家、御常御殿(おつねごでん)だ。

天皇のプライベートな住まいで、

七夕や盂蘭盆など内向きの行事が行われ、能舞台も備えられている。

能を見に行くんじゃなくて、家でやってもらうってあたりが、さすがですね。

 

さすが京都御所は重量級の歴史的スポットが多かった。

日本史の教科書なんてのは、わざと面白くなくしているのではないのかというくらい、言葉が入ってこないけれど、裏のドラマまで理解していくと本当に頭に入るんですよね。

いやぁ、高校時代に戻りたい・・・。